繰り返し、流れていく日々の生活の中で、自分が記憶しているものの中には「確かに自分のものだ」 「本物だ」 と思える記憶は一体どれくらいあるのでしょうか。
私は子どもを育ててきた中で、たくさんの写真を撮りました。自分ではない命の責任を負いながら、あっという間に時間が過ぎていく日々の中で、ふとした瞬間に小さなスマートフォンの写真を見返すと、 自分が目にしたものが現実であったと確かめられるような、言いようのない安心感を感じました。それは実感というものを、映像を通してモニターの向こう側に感じている不思議な感覚でした。今この瞬間をリアルタイムで実感することは、瞬く間に過ぎていく日々の中において、ある意味難しいことでもありました。
しかし、経験の記憶は時間と共に曖昧になっていきます。積み重なった膨大な記憶の蓄積の中、それらは成長や老いという変化を通して濾過されていくのかもしれません。幸せか、怒りか、絶望か、欲望か、喜びか・・・。
どんなものが濾過され残り純度を増していくのかは、私たちの意識や願いや希望をすり抜けて自身では選ぶことはできないものであり、 そこには自然と対峙するのと同じような畏怖と憧憬を感じます。
作品制作は、写真の中にある《関係性の中で生まれた形》を見つめることから始まります。記憶は光と影によって作られた現象になり、時間や場所などの概念が切り離された、遠くて近い、距離感が朧げなものになるように感じます。そこからずれや歪みを掬い取り、理想や願いや妄想をそれぞれの工程に託して形にしていきます。制作の工程を経て現れてくるものは、誰もが持つそれぞれの物語と重なり、新たな物語へと繋がることを願います。
みやじけいこ
Exhibition Review
みやじけいこさんと初めてお会いしたのは、第7回「I氏賞」選考作品展に出品いただく《物語の出芽》の集荷のため、滋賀県のご自宅を訪ねた時だった。 二人の人物が寄り添う姿を四角形の地紋が散在するガラスに転写した本作に、不思議な懐かしさを感じ、こころ魅かれたのを覚えている。会場での展示方法について彼女と相談し、梱包を終えると、幼い息子さんがお気に入りのおもちゃを並べて見せてくれた。9年余り前のつかの間の記憶が、作品のイメージと重なり、硝子戸の向こうの景色のようにうつろう。
《物語の出芽》と同様、近年の《illuminant》・《しまのしじま》などのシリーズは、住宅の窓として実際に使用された「型板ガラス」を支持体に、4色分解したカラー写真を、裏面からインクジェットプリントで定着させている。多様な図柄や表面加工に技術の粋を 尽くした型板ガラスは、昭和期の生活空間に透明な彩りを加えた。
昔なつかしい時代の産物と、作者自身の視覚体験の断片のような人物や植物のスナップ写真とが共鳴し、見る者の身体の中に蓄積した感覚の記憶を呼び覚ます。
一方、《atom/atmos》・《初めて聞いた音楽》・《記憶の地平》等のシリーズは、人体の手や足などのクローズアップ写真を、モノトーンのシルクスクリーンで、ガラスやアクリル板の上に刷り出している。 作品に向かうと、透明な支持体を通して落ちる網点状のインクの影に、鑑賞者の影が重なり、形の輪郭があいまいになる。さらに、円形の作品に樹木の葉影の動画を重ね、窓辺の映像と組み合わせたインスタレーションでは、いくつもの時間と空間が重なり合い、はかなく絶え間ない揺らぎの感覚を増幅させる。
本展は、みやじにとって約10年ぶりの本格的な発表の場となった。 郷里である岡山には、彼女の展示を待ち望んでいた人も多い。 制作者としてはもとより、美術館での継続的な普及活動などを通して、彼女が培ってきた人の輪は、作品に寄り添う形なき影である。人間のつくる芸術はみな、作者の人生や作られた時代を映す「影」であるとも言えよう。繰り返す日々の生活の中で、心にふれた景色や感覚の欠片を掬い上げ、光のしじまにそっと浮かべたような展示空間は、生命の根源的な儚さとうつくしさを映し出していた。 ここからまた新たな物語が育まれてゆくことだろう。
岡山県立美術館 学芸員 古川 文子(岡山県新進美術家育成「I氏賞」担当)
岡山県天神山文化プラザ企画展 Tenpla Selection Vol.101 +Plus みやじけいこ展
[会期]2023年8月16日〜27日 [入場無料]
[時間]9時30分〜17時(最終日は16時まで)
[会場]岡山県天神山文化プラザ・第4展示室
みやじ けいこ Miyaji Keiko
1976 岡山県岡山市生まれ
1999 成安造形大学 造形表現群 洋画クラス 卒業
2000 成安造形大学 洋画クラス研究生
現在 滋賀県大津市在住
主な活動
2004 「VOCA1994 - 2003 10年の受賞作品展」(大原美術館/岡山)
2006 「京都府美術工芸新鋭選抜展~2006新しい風~」(京都文化博物館/京都)
2008 「共嗚する美術2008」(倉敷市立美術館/岡山)
2009 個展「記憶の地平」(ギャラリー16/京都)
2010 個展「みやじけいこ展」(第一生命南ギャラリー/東京)
2023 Tenpla Selection Vol.101 +Plus「みやじけいこ展」(岡山県天神山文化プラザ/岡山)
主な賞歴
2000 VOCA2000 奨励賞
2004 資生堂ADSP 入賞
2012 大津市文化奨励賞
その他活動
2004 チルドレンズ・アート・ミュージアム・ワークショップ企画「カラダで感じる♡美術館」(大原美術館/岡山)[~2019]
2009 鳥取県立博物館スペシャルワークショップ「見る・かぐ・感じる❤︎絵画な世界」(鳥取県立博物館/鳥取)
出品一覧
タイトル|素材/技法|サイズ(cm)|制作年
物語の出芽|型板ガラスにプリント|120×81|2010年
ふちをのぞく|型板ガラスにプリント|61×70|2010年
自浄の回転|型板ガラスにプリント|各42×50・2枚組|2012年
illuminant_0825|型板ガラスにプリント|45.7×77|2023年
illuminant_0924|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0828|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0827|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0811|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0803|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0524|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
illuminant_0418|型板ガラスにプリント|27×27|2022年
明るい部屋|型板ガラスにプリント|各60.7×70・2枚組|2023年
しまのしじま|型板ガラスにプリント|各63×117・2点/63×115.3・1点|2023年
atom/atmos|ガラスにシルクスクリーン|各64×57・2点/57×64・1点|2006年
初めて聞いた音楽|ガラスにシルクスクリーン|各37.5×28.5・2点/31.7×24.6・1点|2006年
記憶の地平 −夜明け|アクリル板にシルクスクリーン|各18×18・3点|2008年
記憶の地平|インスタレーション|サイズ可変|2008年
記憶の地平 影ドローイング|ガラスにシルクスクリーン|各125×85・2枚組|2010年
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本記事は、令和5年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクションVol.101 みやじけいこ展 記録集より抜粋しています。掲載内容は発行時点のものです。
発行:岡山県天神山文化プラザ
発行日:2024年1月31日
印刷:株式会社 三浦印刷所
編集:加藤 淳子[岡山県天神山文化プラザ]、須波 葵枝[岡山県天神山文化プラザ]
デザイン:鳥越 眞生也[鳥越屋]
撮影:加賀 雅俊[べあもん]
<記録集をご希望の方は、天神山文化プラザ文化情報センターにてご購入いただけます>
令和3年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
※各展覧会の個別の小冊子(カラー8ページ/税込200円)
松村 晃泰 展|視線の行方|天プラ・セレクションVol.95
直原 清美 展|時を織り、その向こうに見えるもの|天プラ・セレクションVol.96
寺尾 佳子 展|WATERMARK|天プラ・セレクションVol.97
令和4年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
※各展覧会の個別の小冊子(カラー8ページ/税込200円)
藤飯 千尋 展|UNIVERSE|天プラ・セレクションVol.98
大間 光記 展|集積|天プラ・セレクションVol.99
100回記念 展|過去への返信、未来|天プラ・セレクションVol.100
令和5年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
※各展覧会の個別の小冊子(カラー8ページ/税込200円)
・みやじ けいこ 展|天プラ・セレクションVol.101
お問い合せ
〒700-0814 岡山市北区天神町8-54岡山県天神山文化プラザ
TEL 086-226-5005
FAX 086-226-5008
メール tenplaza@o-bunren.jp
受付時間 9:00~18:00
休館日 月曜日、年末年始(12月28日~1月4日)
「天プラ・セレクション」シリーズは、岡山県ゆかりの作家を選抜し個展形式で紹介する、天神山文化プラザの企画展シリーズです。 開催作家の選考は、推薦と公募の2部門から行います。