すべての題名は、作りはじめる前に決まっていました。
“黒に潜む”と、そこに登場する生き物たちに、何の役割を与えるのかも。
岡山県に移り住んでから、4年半が過ぎました。
外灯の少ない山に囲まれた生活の中では、生き物の足音や息遣いがとても強く感じられます。野生の動物と対峙した時の緊張感は、言葉ではとても表し難く、張り詰めた空気の中、ギラリと目だけが鋭く光り、のうのうと怠けて生きている自分が咎められているようでした。そして、否応なく生き物の生と死や、季節の移ろいがあることを、わたしは再び知ることが出来たのです。
長い、長い工程を経て、漆の作業は行われます。
生き物である漆はとても美しく、魅力的であると同時に、自分のものに出来ないもどかしさや、恐れを抱くことすらあります。これは、とても長い時間をかけた自分との対話でもあります。そして、生き物が潜んでいる暗闇と、漆の深い黒はどこか似通っているのです。
どこまでも透き通った彼らの黒を覗くとき、わたしは心を覗かれている気がするのです。
“黒に潜む”のは、闇に潜む生き物そのものの姿や、誰かであり、実は己自身でもあるのだと、見た人にも感じ取ってもらえたら幸いです。
加藤 萌
Exhibition Review
視線。
何かを見つけ動きを止めた後ろ姿。座り、遥か遠くに視線を馳せる狐…。会場に配置されたそれぞれの視線の先を追うことで物語が動き出した。つややかな「黒」は、足を踏み入れた観る者自身を写し出す。捕らえられた視線、やがて物語の一部となった自分に気づく。
乾漆という技法を用いて生み出された森の住人たち。聞けば、それぞれがおよそ80前後の工程、作業を経て作られているのだという。漆は、(漆の)木の樹液から作られる。傷つき露わになった自らを癒すために流れ出し、固まり、外なるモノから閉ざす樹液。その場の異物をも包み込み一体となる。脱乾、外と内を隔てる硬い膜、中身は無い、虚ろな入れ物。
優れた漆塗膜とするためには、硬化のおりの温度、そして湿度が要となる。自然の産物が故にその性質は、採る時期、採れた地域・風土と密接な関係がある。漆を見つけ出し、用法を洗練してきた先人たちと同じく、使用する者がどのように自然とともに生きるのか、必要な時を見つけ過ごしてきたのかを問われることになる。
漆が文字通り漆黒となるためには、幾度となく繰り返す研ぎと摺りが求められる。制作の過程で注がれる視線、見つめる目、行き交う手。意念はそこにとどまり、新たな姿を表すことになる。虚ろな入れ物が満たされる。
表面に見られる表現の違いは、現在の作者と自然の関わりの形、現れ。自然とともに暮らす生活を続ける中、はたして視線の先に今後どのような姿が現れてくるのだろう。私には、それは連綿と続いてきた人の営みや季の有り様を包含した豊かなものになるように思えるのだ。
天プラ・セレクション推薦委員/倉敷芸術科学大学 教授 森山 知己
岡山県天神山文化プラザ企画展 天プラ・セレクション Vol.88 加藤 萌 漆芸展 黒に潜む
[会期]2019年1月29日〜2月3日 [入場無料]
[時間]9時〜17時(最終日は16時まで)
[会場]岡山県天神山文化プラザ・第4展示室
加藤 萌 Moe Kato
1988 埼玉県川口市出身
2012 東京藝術大学 美術学部工芸科 卒業
2014 東京藝術大学 大学院美術研究科漆芸専攻 修了
現在 岡山県新見市在住
個展
2017 加藤 萌 漆芸展 −境−(岡山天満屋美術ギャラリー/岡山)
2018 加藤 萌 展(勝山文化往来館ひしお/岡山)
2019 天プラ・セレクションvol.88 加藤 萌展 漆芸展「黒に潜む」(岡山県天神山文化プラザ)
グループ展
2013 Female times II −新たな時代を刻む女性美術家たち−(Bunkamura Box Gallery/東京)
2013 「真夏の夜の夢」展(ギャラリー田中/東京)
2014 SHIBUYA STYLE vol.8(西武渋谷店/東京)
2016 MITSUKOSHI×東京藝術大学 2016夏の芸術祭(日本橋三越/東京)
2016 URUSHI WORKS 2016(ギャラリー田中/東京)
2017 第3回 もっと伝統工芸 備中漆展(新見美術館/岡山)
2017 アートの今・岡山2017「表装」(岡山県天神山文化プラザ 他、県内2会場巡回)
主な賞歴
2012 第7回 藝大アートプラザ大賞展 大賞
2013 安宅賞
2015 第54回 日本現代工芸美術展 入選
加藤 萌 WEBサイト
出品一覧
タイトル|素材/技法|サイズ(cm)|制作年 ひそか|漆、麻布、青貝、栃/乾漆|12×64×44|2018
深淵|漆、木|140×80×2.8|2014
捕われた夜|漆、麻布、ガラス/乾漆|19.5×34×22|2018
隠した心音|漆、麻布、松、和紙/乾漆|136×58×45|2018
雪のやどり|漆、麻布、卵殻、木/乾漆|48×46×24|2018
つきあかり|漆、木|12.1×13.6×1|2018
黒に潜む|漆、麻布、ガラス、和紙/乾漆|52×39×53/58×95×29・2点組|2018
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本記事は、平成30年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクションVol.88 加藤萌漆芸展 記録集より抜粋しています。掲載内容は発行時点のものです。
発行:岡山県天神山文化プラザ
発行日:平成31年3月31日
印刷:株式会社 三浦印刷所
編集:加藤淳子[岡山県天神山文化プラザ]
デザイン:鳥越眞生也[鳥越屋]
撮影:加賀雅俊[べあもん]
照明:池田正則[岡山県天神山文化プラザ]
<記録集をご希望の方は、天神山文化プラザ文化情報センターにてご購入いただけます>
平成30年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
岡山県天神山プラザ企画展「天プラ・セレクション」として2018年4月24日〜2019年2月3日の期間に開催された6人の各展覧会の個別の小冊子を合本し、1年間の記録集として発行したものです。
<目次>
秋山 基夫 展|詩からの自由/詩への自由|天プラ・セレクションVol.83
長原 啓 展|luxury2.0|天プラ・セレクションVol.84
山下 真未 展|動・遊・楽アニメ? 〜Do You Like Anime?〜|天プラ・セレクションVol.85
福井 一尊 展|在るものと 見えるものと|天プラ・セレクションVol.86
久山 淑夫 展|事実が有って存在させない真実・被爆汚染列島|天プラ・セレクションVol.87
加藤 萌 漆芸展|黒に潜む|天プラ・セレクションVol.88
カラー56ページ
税込1,000円
※各展覧会の個別の小冊子も発行しています(カラー8ページ/税込200円)
お問い合せ
〒700-0814 岡山市北区天神町8-54岡山県天神山文化プラザ
TEL 086-226-5005
FAX 086-226-5008
メール tenplaza@o-bunren.jp
受付時間 9:00~18:00
休館日 月曜日、年末年始(12月28日~1月4日)
「天プラ・セレクション」シリーズは、岡山県ゆかりの作家を選抜し個展形式で紹介する、天神山文化プラザの企画展シリーズです。 開催作家の選考は、推薦と公募の2部門から行います。