私の感情の壺が溢れそうになったとき、
火山が噴火するかのごとく、
一気に制作モードに傾きます。
それは喜びで満たされた時。
その嬉しさを共有したくて。
不条理な世界に憤りを感じた時。
そこに未来の展望を込めて願いとして。
制作の最終段階で手や脚を用い、身体性を伴います。
それは、思考とはかけ離れた精神の深い部分が画面に
現れるから。そう感じているからです。
藤飯千尋
Exhibition Review
私が藤飯千尋を知ったのは2016年、第5回I氏賞大賞受賞者でドイツ在住の洋画家、加藤竜の紹介によるものであった。加藤は彼女の制作への情熱のみならず、人柄にとても好感が持てたという。彼女は岡山県井原市出身で、京都の大学を卒業後、日々積って止まない感情を表現するため独学で絵を学んだ。2006年以降個展やグループ展を中心に作品を発表しつづけ、2020年にはこれまでの活動が評価され、亀高文子記念赤艸社賞を受賞している。
彼女の作品の魅力は、なんといっても色の透明感であろう。注目されるのはその表現方法。ここで詳細は述べられないが、まず薄い和紙を貼ったパネルにアクリル絵具を流し込み、そのパネルを動かしながら自然現象により描き込み、筆で整え、最後に自分の感情を指や手、足など身体に込め表現してゆく。それは試行錯誤を重ねて生み出された独自技法といえよう。彼女はこれまで、美しい風景やその感動を画面に落とし込むのではなく、怒りや悲しみなどネガティヴな感情を表現の原動力としてきた。子どもの虐待やDV、格差社会、戦争や難民問題など、犠牲者の存在を世に訴えてきたのである。
しかし、このコロナ禍にあって、彼女の心境に大きな転回が生じた。これまでのフォーカスであった社会の闇、その焦点を一旦括弧に入れ「無為」になることにより訪れた、光への眼差し。藤飯はこれまでとは異質な、ある種のポジティヴな次元から世界を捉え直し始めたようだ。
本展覧会のタイトルでもある“universe”は、「宇宙」のみならず「森羅万象」を意味する。彼女の創作の根底にあるものは、あらゆる生命、ひいては実存への尊厳。それは怒りと悲しみをuniverseより捉え返す瞬間、闇の奥に垣間見える一縷の望み、あるいは自らを限界まで追い込んだ末に授かった「恩寵」なのかもしれない。
初の凱旋展を成功させた藤飯の次なる活動を注視するとともに、今後も生命の輝き、そして、この世界に在ることの奇跡を追求しつづけてほしい。
天プラ・セレクション推薦委員/新見美術館 館長 藤井 茂樹
岡山県天神山文化プラザ企画展 天プラ・セレクション Vol.98 藤飯千尋展 UNIVERSE
[会期]2022年7月26日〜31日 [入場無料]
[時間]9時30分〜18時(最終日は16時まで)
[会場]岡山県天神山文化プラザ・第3・4展示室
藤飯 千尋 Fujii Chihiro
1972 岡山県生まれ
1995 京都外国語大学 英米語学科 卒業
2018 『アメリカ経済の終焉』若林栄四 装画 (集英社)
2020 令和元年度 亀高文子記念 赤艸社賞 受賞 (兵庫県芸術文化協会)
現在 大阪府箕面市在住
個展
2007 十一月画廊(東京)['16]
2010 ギャラリー島田(兵庫)['11〜'18、'20、'22]
2017 喜多美術館(奈良)
2018 ギャラリーcreate洛(京都)
2020 令和元年度 亀高文子記念 赤艸社賞受賞記念展(兵庫県民会館)
2021 西脇市岡之山美術館 アトリエ室(兵庫)
2022 天プラ・セレクションvol.98藤飯 千尋展「UNIVERSE」(岡山県天神山文化プラザ)
2022 art space テトラヘドロン(岡山)
グループ展
2010 「ポウ展II」(兵庫県立美術館ギャラリー)['13、'17]
2014 「現代美術日韓展」(東京)
2015 「現代美術日韓展」(韓電アートセンター/韓国ソウル)
2019 「コレクション+ma solitude(私の孤独)」(ギャラリー島田/兵庫)
2019 「楽・彩・憂・虚・求」展(BBプラザ美術館/兵庫)
出品一覧
タイトル|素材/技法|サイズ(cm)|制作年
最後の砦|パネル、和紙/アクリル|162×130.3|2020
新世界に向かって|パネル、和紙/アクリル、油彩|130.3×194|2020
届かないプレゼントを君に贈る|パネル、和紙/アクリル|112×145.5|2021
覚醒|パネル、和紙/アクリル|72.7×50|2022
universe Ⅰ-Ⅶ|パネル、和紙/アクリル|各72.7×50・7点|2022
ヤドルI・II|パネル、和紙/アクリル|各162×130.3・2点|2022
この世界|パネル、和紙/アクリル|194×162|2022
Mirrors|パネル、和紙/アクリル|194×324|2022
今、同じ空の下で|パネル、和紙/アクリル|324×390|2022
Shining|パネル/アクリル|350×182|2022
駆け抜けそして巡りあう|キャンバス/アクリル|166×382|2022
Your soul|パネル、和紙/アクリル|116.7×91|2022
サイト訪問者からの連絡受付
事務局経由で受け付ける
本記事は、令和4年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクションVol.98 藤飯千尋展 記録集より抜粋しています。掲載内容は発行時点のものです。
発行:岡山県天神山文化プラザ
発行日:2022年8月31日
印刷:株式会社 三浦印刷所
編集:名合貴洋[岡山県天神山文化プラザ]、加藤淳子[岡山県天神山文化プラザ]
デザイン:鳥越眞生也[鳥越屋]
撮影:加賀雅俊[べあもん]
<記録集をご希望の方は、天神山文化プラザ文化情報センターにてご購入いただけます>
令和3年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
※各展覧会の個別の小冊子(カラー8ページ/税込200円)
松村 晃泰 展|視線の行方|天プラ・セレクションVol.95
直原 清美 展|時を織り、その向こうに見えるもの|天プラ・セレクションVol.96
寺尾 佳子 展|WATERMARK|天プラ・セレクションVol.97
令和4年度 岡山県天神山プラザ企画展 天プラ・セレクション 記録集
※各展覧会の個別の小冊子(カラー8ページ/税込200円)
藤飯 千尋 展|UNIVERSE|天プラ・セレクションVol.98
お問い合せ
〒700-0814 岡山市北区天神町8-54岡山県天神山文化プラザ
TEL 086-226-5005
FAX 086-226-5008
メール tenplaza@o-bunren.jp
受付時間 9:00~18:00
休館日 月曜日、年末年始(12月28日~1月4日)
「天プラ・セレクション」シリーズは、岡山県ゆかりの作家を選抜し個展形式で紹介する、天神山文化プラザの企画展シリーズです。 開催作家の選考は、推薦と公募の2部門から行います。